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私が南カリフォルニアのロマリンダ大学病院に勤めていた頃、小児の糖尿病の子どもが集う夏のキャンプの付添医師として派遣されたことがあります。 シエラネバダ山中のキャンプ場で、小学生から中学生くらいまでの糖尿病の子どもが100名ほど集まり、皆で共同生活をしながら、糖尿病の自己管理の訓練を受けるプログラムでした。 小児の糖尿病は日本ではまれな病気です。 成人の糖尿病と違い、小児はみなインシュリン治療が必要になります。 毎朝毎晩子どもたちは全員血糖値を測ります。 バネ式の針で指を差して一滴の血をとり、ポータブルの小さい器械で血糖測定をするのです。 その結果で自分のインスリンの量が決められ、それぞれ医師より注射器が子どもたちに渡され、あるものは腕に、また足やおなかなどに、自分でインシュリンを注射するのです。 7ー8歳の子たちはまだ自分で上手に注射できないので、医師達が手伝って注射します。 インシュリン治療なしでこの子たちに未来は望めません。 若年性糖尿病はかつては致命的な病気だったのです。 標高2000メートルの森の中にログキャビンが転々とあり、子ども達はそこで十数人ずつの単位でグループ生活をします。 彼らは普段の生活では周りに自分と同じ病気の子どもにはまず会いません。 彼らにとって周りの子どもが皆自分と同じ病気であるというのは特別な経験です。 自分と同じ痛みや悩みを持つ仲間、お互いをよく理解できる仲間と友達になることができるのです。 20代のカウンセラーの中にはやはり自分も同じ糖尿病で、インシュリン注射を一緒にしながら子ども達を指導をしている方もありました。 午前中には糖尿病を自分でコントロールして生活していくための学習会があり、午後は自然の中でハイキングしたり、湖にボートで出かけたりの楽しいプログラムが持たれます。 低血糖発作を起こした時のために、医師は常に点滴、グルコースのゼリーやジュース、おやつをもって子ども達に同行します。 このキャンプの医師の仕事に、その日の夕方までに低血糖症状のあった子どもの深夜の回診があります。 夜の12時に森の中のキャビンを回って眠っている子どもを起こして血糖を測ります。 低血糖症状のある子供にはグルコースを与えたり、サンドイッチを食べさせたりして低血糖発作を防ぐのです。 山の中のキャンプ場ですから夜は真っ暗になります。 ある晩私はいつものように看護師一人を伴って森の中に点在するキャビンを回っていました。 広いキャンプ場ですから一つ一つのキャビンの間は何十メートルも離れています。 一巡するには1時間くらいかかる大仕事です。 あるキャビンの近くに行くと木陰でガサガサと物音がしました。 誰かいたずらな子どもがまだ起きていて何かしているのだと思い、静かに音のするほうへ近づいていき懐中電燈で照らしました。 なんと目の前にいたのはヒグマでした。 私は普段は近視用の眼鏡をかけて夜の回診していたのに、その日はたまたま眼鏡をかけずに回ってしまったため、クマの目の前に来るまでわからなかったのです。 一緒にいた看護婦さんはもっと驚いていました。 ドクターがクマの方にどんどん歩いていって懐中電灯で照らしている。 あまりのことに声も出ずに立ちすくんでいたようです。 夜ヒグマに出会ったら食べ物をそっとおいてゆっくり逃げるように言われていたので、クラッカーやサンドイッチが入ったカゴをそっとおいて後戻りしました。 しかしクマもおどろいたのでしょう。 幸い私の方に向かってくることなくごそごそと茂みの中に帰っていってしまいました。 次の日から夜の回診は決死隊の覚悟が必要になりましたが、幸いそれからはヒグマに遭遇することなく無事にキャンプを終えることができました。 |
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